科学を伝えるひと
取材・執筆:細川桜(北海道教育大学函館校 マスコミ研究会)
サイエンス・サポート函館(SSH)のコーディネーターである金森晶作さん。山にのめり込んだ学生時代の話から、科学技術コミュニケーションに興味を持ちSSHに関わるようになった話までを伺った。
山と共に生きてきた
“金森さんの人生は山と共にあった”と言っても過言ではない。
山との出会いは高校生の時。山岳部であちこちの山を歩き、山に魅了された。3月には山スキー、夏には沢登りと、山を存分に楽しんだ。高校生の時は、人と人が関わる仕事に興味を持ち、弁護士になりたいと考えていたが、文系の科目がどうしても好きになれず、理系の道を歩むこととなった。
当時流行っていた生物系の勉強をしたいと思い、北海道大学の農学部に進んだ。しかしながら、大学入学当初は、とりたてて科学や研究者に興味があるわけではなかった。金森さんの生活の中心はあくまでも山だった。特に雪山に惹かれた。その一番の魅力は、誰も滑っていないところをスキーで滑ることにあるという。大学時代は勉強もそこそこに山登りに没頭した。長い歴史を持つ北大の山スキー部に所属し、夏も冬も山に繰り出した。最も長いときで1年間に90日間山に籠ったという。
日本の山を歩くうちに、海外の山にも登ってみたくなった。そこで、一念発起して、4年生になるときに1年間休学し、アラスカの山に向かった。5人がかりの大きな遠征となり、1か月かけて、巨大な氷河の上を120㎞歩き、4000m級の山を2本登った。「地球の動きを実感した。丸一日歩いても風景が変わらない。自分たちの時間のスケールと地球の時間のスケールの違いに圧倒された」と金森さんは振り返る。
アラスカでの体験から氷河に興味を持ち、修士課程の2年間は北大の低温科学研究所で氷河の研究をした。その間には、アラスカやカナダでの氷河の調査に参加する機会もあった。調査では、過去の地球の環境から地球の仕組みを調べるために、何百年もかけて積もった雪が押し固まった「タイムカプセル」である氷河をボーリングする仕事をした。博士課程に進んだ後も、毎年、アラスカへ氷を掘りに出かけた。
科学技術コミュニケーションとの出会い
山に登りながら、研究を続けてきた金森さんだが、ずっと思い続けてきたことがあった。それは「研究成果に加え自然の中で自分が肌で感じたことを人に伝えなければ、もったいない」ということだ。
そこで、北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)を1期生として受講した。CoSTEPでは、プロのサイエンスライターや科学館で展示作りをしていた人、NHKで科学番組制作をしていた人などが教員となり、市民と科学者を繋げる科学技術コミュニケーターを養成している。金森さんがそこで見たのは、プロ意識の高い人たちが、ものすごい熱気で新しいことをつくり出そうとする姿だった。その姿勢に心をつかまれ、科学技術コミュニケーションに強く関心を持つようになったという。その後2008年に函館でSSHのコーディネーターに採用され、学生、研究員として過ごした10年以上の北大生活に終止符を打つことになった。
SSHのコーディネーターとして
SSHのスタッフの中で、SSHの仕事を専任としているのは金森さんだけである。これまでに紹介してきたように、他のスタッフはそれぞれに自分の仕事を抱えている。だから、「他の人ができないことは自分がやる」金森さんの仕事は、全体のマネージメントに関わることからwebサイトの管理まで多岐にわたる。
昨年のビックイベントであった科学祭の感想を尋ねると、金森さんは「くたびれた」と一言つぶやいた。「すばらしかった」とか「達成感で一杯」とか「第一回目が無事に終わって一安心」とかいうような答えが返ってくると思っていたので、なんだか拍子抜けだった。しかし、理由を聞いて納得。昨年の科学祭は、第一回目ということもあり経験したことのないこと尽くしだったという。予想外のことに対応しきれない部分はあったものの、9日間で8500人が来場し、定員のあるイベントはどこもいっぱいになった。空間演出、現代アートや音楽と科学のコラボレーション、7夜連続のサイエンス・カフェ、高校生とのディスカッション、ドクター・バンヘッドのサイエンスショーなど、第一回目から科学祭で実現したかった要素のほとんどを盛り込むことが出来てしまったという驚きと自負があるという。そこにきての「くたびれた」なのだ。その響きには確かに充実感が含まれていた。
SSHの活動を通して、金森さん自身の考え方も変わったという。初めは、科学者と市民をつなぐことを強く意識していたが、だんだんと函館を元気にすることを重視するようになった。科学はあくまでもそのための道具の一つであり、それを通して函館が面白いまちにしたいという思いを持つようになった。直接は科学と関係のない分野で面白いことをしている人にも興味を持つようになり、新しい繋がりも生まれているという。それを生かして、「今年の科学祭は、色んな人とつながれる科学祭にしたい」と語る。はこだて国際科学祭2010のテーマは“食”。SSHは次のステップに向けて動き始めている。
取材の最後に読者へのメッセージを尋ねると、金森さんは笑顔で実にシンプルなメッセージを残してくれた。
「科学祭に来てね」
今年の科学祭が楽しみだ。
2010年2月取材